下層鱗の走査型電子顕微鏡写真

 そこで、下層鱗のリッジをもう少し詳しく調べてみましょう。下層鱗をリッジに垂直にハサミで切って、その断面を走査型電子顕微鏡で見てみました。左は切断面を斜め上からみたもの、右は断面を見たものです。いずれも20000倍です。筋と思っていたリッジに構造があることが一目で分かります。リッジは高さが2−3ミクロンほどもあり、その側面にひだのような構造が見えています。図書館の本棚のような構造なので、以後、棚構造と呼ぶことにしましょう。

 棚はリッジの左右に張り出し、それぞれ7−8段ほどあります。棚の間隔は約200 nm。この数字を見るとピンときます。ある棚に当たった光と一つ下の棚に当たった光が一往復してくる場合では、400 nmの光路差ができます。これはちょうど青色の光の波長に相当します。つまり、青い光が反射されるのはリッジが並んだ回折格子ではなく、規則正しく並んだ棚構造によるものなのです。この場合、棚の幅が十分広いと棚と空気の層が交互に並んだ多層膜になるし、幅があまりに小さいと縦に並んだ回折格子になります。このようにこの構造は2つの光学効果を併せ持つ構造ということができますが、実際は中間的な性格を持っています。

 このように棚構造が青色の原因であることが分かってきましたが、反射で細長いパターンを出す理由にはまだ到達していません。たとえ、リッジに棚構造があり、それが青色を反射するとしても、同じ形のリッジが並んでいるとやはり回折格子になり、特定の方向に回折スポットが見られるはずです。そこで、本当に同じ構造が並んでいるかどうかを調べてみます。左の写真をよく見ると、棚は図書館の本棚みたいに床に平行ではなく、少し傾いて付いていることに気が付きます。実際、棚がリッジの上端に到達するところが写真ではよく見えています(矢印)。さらによく見ると、その場所がリッジによりバラバラです。

 このことは何を意味しているのでしょう。断面で見ると、あるリッジでは一番上の棚の位置が上端になっていますが、別のリッジでは一段低い位置になっているという具合に、リッジ毎に高さにバラつきがあるということになります。このばらつきは棚一段分、つまり200 nm程度ですが、隣同士のリッジで光が干渉しあい、特定の方向に出る回折スポットを打ち消すに十分なバラつきです。やっと、結論に到達しました。棚構造をもったリッジは高さがバラバラになって、干渉を防いでいるのです。結局、観察された反射パターンは、それぞれのリッジを反射した光の強度を単に足し合わせただけなのです。つまり、1つのリッジの反射パターンが横に細長く広がっているということになります。
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