モルフォチョウの構造色の仕組み

 モルフォチョウは中南米に生息する大型の蝶です。オスは大変綺麗な青色をしています。この翅の色が普通の色ではないということは次の実験でわかります。上はディディウスモルフォ、下はキプリスモルフォという種類ですが、見る角度を変えていくと青色だった翅が濃い青ないし紫色に変化していきます。また、翅を横から覗いてみると色が無くなり黒く見えてしまいます。一方、翅をアルコールに付けてみると、青かった翅は緑色に変化し、輝きが減少します。さらに、トルエンに入れると青色が全く無くなり茶色になってしまいます。このように見る方向により色が変化したり、液体に浸けて色が変化することは、普通の色ではありえないことです。これはモルフォチョウの翅の色が翅に無数にある巧みなナノ構造によるものだからなのです。このように構造で生まれてくる色のことを特に構造色と呼んでいます。

 ディディウスモルフォの翅を電子顕微鏡で見てみると、左の写真のように、上層鱗と下層鱗と呼ばれる2種類の鱗粉のあり、がっちりした下層鱗の上に互い違いにやや大きい上層鱗が並んでいることが分かります。もう少し拡大してみたのが右の写真です。鱗粉の上にはリッジと呼ばれる筋がはっきりと見えます。リッジは鱗粉に沿って平行に整然と並んでいます。リッジは下層鱗では細かく、上層鱗では粗く並んでいることが分かります。実際に測って見ると、下層鱗では0.7ミクロン、上層鱗では1.5ミクロン間隔になっています。こんなにリッジがきれいに並んでいると、きっとCDやDVDと同じように、並んだリッジが回折格子になり色が付いているのではと思われるのではないでしょうか。

 下層鱗のリッジをもう少し詳しく調べてみましょう。下層鱗をリッジに垂直にハサミで切って、その断面を走査型電子顕微鏡で見てみました。左は切断面を斜め上からみたもの、右は断面を見たものです。筋と思っていたリッジに構造があることが一目で分かります。リッジは高さが2−3ミクロンほどもあり、その側面にひだのような構造が見えています。図書館の本棚のような構造なので、以後、棚構造と呼ぶことにしましょう。棚はリッジの左右に張り出し、それぞれ7−8段ほどあります。棚の間隔は約200 nm。この数字を見るとピンときます。ある棚に当たった光と一つ下の棚に当たった光が一往復してくる場合では、400 nmの光路差ができます。これはちょうど青色の光の波長に相当します。つまり、青い光が反射されるのはリッジが並んだ回折格子ではなく、規則正しく並んだ棚構造によるものなのです。この場合、棚の幅が十分広いと棚と空気の層が交互に並んだ多層膜になるし、幅があまりに小さいと縦に並んだ回折格子になります。このように棚構造は両者の中間的な性格を持つ構造です。

 しかし、たとえリッジに棚構造があり、それが青色を反射するとしても、同じ形のリッジが並んでいるとやはり回折格子になり、特定の方向に回折スポットが見られるはずです。そこで、本当に同じ構造が並んでいるかどうかを調べてみます。左の写真をよく見ると、棚は図書館の本棚みたいに床に平行ではなく、少し傾いて付いていることに気が付きます。実際、棚がリッジの上端に到達するところが写真ではよく見えています(矢印)。さらによく見ると、その場所がリッジによりバラバラです。このことは何を意味しているのでしょう。断面で見ると、あるリッジでは一番上の棚の位置が上端になっていますが、別のリッジでは一段低い位置になっているという具合に、リッジ毎に高さにバラつきがあるということになります。このばらつきは棚一段分、つまり200 nm程度ですが、隣同士のリッジで光が干渉しあい、特定の方向に出る回折スポットを打ち消すに十分なバラつきです。やっと、結論に到達しました。棚構造をもったリッジは高さがバラバラになって、干渉を防いでいるのです。結局、観察された反射パターンは、それぞれのリッジを反射した光の強度を単に足し合わせただけなのです。つまり、1つのリッジの反射パターンが横に細長く広がっているということになります。

 それでは、モルフォチョウの構造色の仕組みをまとめてみましょう。リッジには柱の両側に棚が規則正しく並んでいます。そこで、とりあえず柱をなくして考えてみましょう。すると棚構造がまるで多層の膜のようになりました。このような多層膜に光が当たると、それぞれの棚で反射した光は互いに干渉しあって、青色の光を強く反射します。一方、棚はリッジに垂直方向には狭く、リッジに沿っては長く伸びていますので、光は回折の効果により、棚に垂直な方向には大きく広がります。一方、棚に平行な方向には広がりません。

 しかし、このような反射パターンができるときに、もう一つ考えておかなければならないことがあります。それは、同じ形のリッジが並んでいると回折格子になってしまい、リッジに当たった光同志が干渉し合って、回折スポットを作ってしまうのです。こうなると、せっかく広がった青い光が特定の方向からしか見えなくなります。モルフォチョウは、この問題をリッジの高さを変化させ、非干渉の効果を取り入れることで解決しました。つまり、棚の高さをリッジ毎に変化させることで、リッジを反射した光は互いに干渉しなくなるので、それぞれのリッジに当たった光が単に足しあわされるだけになるのです。こうすることで、干渉により光を強くするという目的は達せられなくなりますが、その分、光を広げて反射させることができるのです。モルフォチョウにはさらに鱗粉の下部にメラニン色素が含まれていて、青以外の光を吸収することにより、鱗粉を通過し、散乱する光を防いでいます。このことにより青をくっきりと見せることができるのです。

 モルフォチョウの青色の帯は何を意味しているのでしょう。青色の光の帯は翅脈に垂直に広がりますので、蝶が羽ばたくたびに光の帯が放たれることになります。蝶を見ていると、目に光の帯が瞬間だけ通過するので、光の点滅を感じることになります。蝶はまっすぐ飛ぶことができないので、蝶独特の飛び方とこの光の点滅があると、きっと鳥にとっては捕獲しにくい対象になるのではないかと思います。

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